複製画に宿る何か

 学生の頃のこと、(当時新聞を取ってなかったはずだが、遅配か何かで文句を言ったら、だと駄洒落だ。いずれにせよ)ムンク展の割引券かタダ券を手に入れて、電車で日帰りできる距離だったので週末に行ってみたのだ。多分、例の「叫び」とかも展示されていたはずだが記憶にない。ただ、帰りがけに「病の子」の複製印刷を買ったことを覚えている。濃い朱色で細く線描された女の子の横顔のリトグラフだ。A3程の大きさだったと思う。
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 帰宅して、しばし飽かず眺めた訳だが、結局、部屋の壁に画鋲で留めて寝た。そして、その日の夜半に、うなされながら目が覚めると豆球の薄明かりの中、「病の子」とバッチリ目が合って思いっきりビビり、小さく裂いて燃やした。
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 その頃、軽音クラブの後輩のアパートを訪ねると、其奴の部屋の壁にも「病の子」があった。
「お前もムンク展行ったのか?」
「ああ」
 会話はそれまでで、まさか夜中にビビりまくったなんて話はしなかった。
 数日後、再び其奴のアパートを訪ねると、「病の子」はなかった。ついつい壁に目をやると、其奴は何か察したようだったが、何も言わなかったし、俺も何も聞かなかった。それだけの話。
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 後日、教育番組か何かでムンクの特集をしていて、「病の子」のモデルは、結核で夭逝したムンクの姉(妹?)だと知った。それ以来、たとえ複製であっても作者の念のようなものが籠もっているのではないか、と思っている。