徒然草 第85段
人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されども、おのづから正直の人、などかなからん。己すなほならねど、人の賢を見て羨むは尋常なり。至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」と謗る。己が心に違へるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ、この人は下愚の性移るべからず、偽りて小利をも辞すべからず、仮にも賢を学ぶべからず。
狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥(き)を学ぶは驥の類ひ、舜(しゆん)を学ぶは舜の徒なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。
某掲示板の話題で、古典の徒然草に言及している人がいた。「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。」 鎌倉時代の末期、1330年頃、数百年も前の随筆の言葉が、とても新鮮に思える。